Annual Review
No.1 1999.5
 リサーチダイジェスト
世界の高速鉄道の脱線事故に関する調査
宮本 昌幸
1.概要
 時速200km以上の高速運転を行っている国は二桁に達していて,事故もまれではなく報道されるようになってきている.高速鉄道の事故は大きな被害をもたらすので,その安全性を高める不断の努力が必要である.事故には安全性を高めていくための多くの教訓を含んでいる.安全の向上は,数多くの事故により推進されてきたと言っても過言ではない.
 この調査の目的は,過去の高速鉄道の事故概要,事故原因,その背景,安全を支えるシステム等を調査し,今後の高速鉄道の安全対策に資することである.
 取り上げた事故は,まだ記憶に新しい1998年6月3日にドイツのEschedeで起きたICEの脱線事故,フランスTGVの脱線事故である.
 ドイツ,フランスの新聞,雑誌を中心に,補助的に日本の新聞,雑誌などを調査した.各国のマスコミが事故をどのように取り扱ったか等も明らかになり,安全問題を考えていく上で非常に重要な,各国のものの見方,考え方の一端が浮き彫りになると考えたからである.
2.ドイツICEの事故
 1998年 6月3日にドイツのEschedeで起きたICEの脱線事故は,死者 100人,重傷者80人を出した.高速鉄道の事故は大きな被害をもたらすので,その事故内容,原因,およびドイツのマスコミがこの事故をどのように取り扱ったか等を調査した.
2.1 調査方法
 ドイツにおいては日本の朝日,読売,毎日新聞などの全国紙が無い.地方分権の色彩が強くそれぞれの州の新聞がある.中で全国紙に近いのはフランクフルト市のフランクフルターアルゲマイネ新聞,ミュンヘン市のジュドドイッチェ新聞,ハンブルグ市のディ・ヴェルト新聞,サドドイツ新聞などで,中央紙の欠如を補っている.フランクフルターアルゲマイネ新聞はその穏健公正な報道をもって知識階級に愛読者が多い.ディ・ヴェルト新聞は政府批判を適宜行い,また網羅的な点広い読者層を持っている.
 調査新聞の選定は,国会図書館,ドイツ文化会館で閲覧・コピーができる新聞を一つの条件として,以下の8紙を選んだ.
(N1) Frankfurter Runndschau紙
(N2) die tageszeitung紙
(N3) DEUTSCHES ALLGEMEINE SONNTAGSBLATT紙
(N4) Berliner Zeitung紙
(N5) Suddeutsche Zeitung紙
(N6) Frankfurter Allgemeine Zeitung紙
(N7) Die Woche紙
(N8) DIE ZEIT紙
 (N5) (N6)が上記の全国新聞に近い新聞である.(N3)はキリスト教関係の週刊紙,(N8)は週刊紙である.
 週刊誌としては,ニューズウィークに似たDER SPIEGEL誌,日本の女性週刊誌風のところもあるSTERN誌が有名であり,その他にFOCUSを加え以下の3誌を調査した.
(M1) FOCUS誌
(M2) STERN誌
(M3) DER SPIEGEL誌
 新聞,週刊誌とも事故のあった6月3日からほぼ3ヶ月間について調べた.
2.2 調査内容
 文献に記述されている内容を項目別にまとめて以下に述べる.なお( )内は筆者のコメントである.
(1)文献からの事故の再現(4)(9)(10)(13)(15)(16)
・ キロ程55.1km.200km/hで走行中のICE884は連邦道131号線のEschede道路橋の約6km手前で,機関車の後ろの客車1号車第2台車第1輪軸の弾性車輪が破損.発見された車輪の一部がこの事を示唆している.また,まくら木に長さ20cm,深さ4cmの新しい傷がある.(右車輪か左車輪か不明)
・ キロ程55.2km.軌道の間に延びるガラス繊維信号線がずたずたに引き裂かれていた.(信号線が切断されていたのならば,この時点で非常ブレーキがかかったはずだが実際はかかっていない.なぜ?)
・ キロ程56.4km.明確なコンクリートの破片が見付かっている.列車下の部品が規則的にまくら木を打ち砕いたもの.
・ 破壊されたタイヤがはがれ始め上方へ曲げられ台車フレームに楔のように食い込む
(当該輪軸は回転できず引きずられていたのか?).乗客証言の「大きな騒音とガタガタ音.だがすぐ静かになり,約2分後再び音がし直後に大きな衝撃がくる.」は軌道に当たっていたタイヤ破片が台車に拘束され当たらなくなったためか.
・ 道路橋の手前約300m手前にポイントがある(15).このポイント2,ポイント3で,あたり一面に打ちあたる1号車破片の一部がポイントに絡まったか,ポイント分岐レールで台車が左右に誘導されたか,1号車脱線(写真から右側に脱線している).ポイントの8mのガイドレールが1号車と2号車の間で列車に穴を開け,軌道から引き離したとの報道もある.
・ 続いて数両の車両が軌道から跳躍.「ポイント2は損傷の痕跡処理の最重要要素.ポイント3も全く同様」と運輸大臣スポークスマン語る.(それまでは1号車は脱線していなかったのか? 脱線はしていたがほぼレールに沿って走っていたのか?)
・ 10時59分.機関車と1,2号車橋脚を通過.最初に橋脚に衝突したのは3号車か4号車.橋を崩壊させる.
・ 機関車は後続の車両が脱線しもぎ取られたために,非常ブレーキがかかり2km過ぎた地点で無傷で停止.運転士は「ガタンという感じで非常ブレーキがかかり初めて後ろに客車が無い事にきづいた」と証言.
・ 橋脚に接触したとしても軽微だった3号車は1,2号車とともに約300m進んで止まる.
・ 4号車は橋脚にぶつかった衝撃でバランスをくずしながら進み,軌道から放り出され築堤下の森に転がり落ちて仰向けになる.
・ 5号車は崩壊してきた橋の200tのコンクリートに車両後部がもぎ取られながら,約100m進んで止まる.
・ 6号車から12号車まで(8号車はなし)の6両は橋の落下物につぶされながら,機関車に押されてほぼレールに直角な位置でアコーデオン状に折りたたまれ折り重なって停止.
・ 最後部客車14号車(13号車なし)は橋の落下物からの被害は免れるが,機関車に押されて横向きになる.
・ 最後部機関車も脱線,斜めに向く.
・ この付近の本線およびポイント3の先の退避線が変形している.
・ 事故後の列車位置は文献(16)等に示されている.
・ 道路橋上には,信号作業員2人とその乗用車があったが,橋の崩壊により落下,押しつぶされ2人は死亡した.
(2)事故後の経過(4)(9)(17)(23)(25)(26)(27)
・ 5日,ドイツ鉄道は車輪および台車の検査のためにICE1は全て運転中止とした.その穴を埋めるためにスイス鉄道,オーストリア鉄道から車両を借りることも行った.列車数の不足,速度を160km/h程度に減速したため,多数の列車が運休,遅延し鉄道輸送に相当な障害をもたらした.
・5日夜,救助捜査打ち切り.
・ 事故原因は,当初は橋から落下した自動車に衝突したとの報道があったが誤報.
・ また,テロによる可能性も示唆された(1994,1995年に3度架線を破壊した)がこれも間違い.
・ 5日夜,運輸省スポークスマンが事故原因は「弾性車輪の破壊である」と述べる.
・9日5:30PM,6日ぶりに地域間急行が70km/hで現場を通過.
・9日8:00PM,ICE70km/hで通過.
・ 死者102人,負傷者約200人(約80人の重傷者).
・ ICE1全ての弾性車輪は一体車輪に順次交換される決定がされた.
(3)弾性車輪(7)(8)(9)(10)(13)
 事故の原因は弾性車輪の破壊であったので,弾性車輪に付いての記事が注目される.
・ 1991年の最初の40編成は一体車輪であったが,車輪に1mm程度のアンバランスがあって振動とうなり音が生じ,食堂車内の皿を踊らせた.
(車輪の多角形問題と言われているものと思われる.高速走行するトラックのタイヤでもこの現象が出る事が報告されている.ICE1の場合の原因はわかっていない.)
・ この解決策としてICE1の一体車輪は順次弾性車輪に置き換えられた.
・弾性車輪の断面図は文献(10)等に示されている.組み立て時には板車輪本体にタイヤ車輪,ゴムを反フランジ側から取り付ける.サポートリングを板車輪本体とゴムの間に油圧ばめで挿入する.サポートリングを板車輪本体にボルトで固定する.
・弾性車輪は,低騒音に出来る事などからドイツでは古くから都市内交通LRTに広く用いられてきた.これらの経験を踏まえて高速用の弾性車輪「Bo-84構造・方式64」が開発された.製造メーカVSGはICEでは約10億走行kmでタイヤ車輪に問題は生じなかったと言っている. ・Celle検察庁の依頼で事故原因を調べるために,事故の最初のきっかけとなった1号車は6月12日にアーヘン工科大学に送られた.
・車輪踏面への繰り返し負荷により,波状起伏,傾斜が生じヘアクラックの危険が増大する事もある.あるいは過去の衝撃で受けたタイヤ部もしくはゴム部の古傷が原因となったのではと考える専門家もいる.(いずれにしろ,事故品に新たな損傷が加えられていず事故時の状態が保たれているかが原因解明のポイントと思える.)
・ICE1の枕ばねに用いられていたコイルばねが,ICE2では空気ばねに代えられた.その結果一体車輪の振動・うなり音問題が解決したので,ICE2では一体車輪が用いられている.
(4)メンテナンス(7)(10)(14)(17)(19)
 今回調査した中には断片的な情報しかなく,また1993年海外鉄道調査団報告書(19)の値と異なるものも散見された.ICE走行実績が積み重ねられてきたこと,技術の進歩などにより,メンテナンスの見直しが行われた結果と考えられる.記事中に出てきた記述は
・ ICE884は5月20日に最後の60,000kmごとの16時間点検をHamburgで受けた.((19)より時間が8時間短縮されている.)
・ ICE884は事故前日の夜,ミュンヘンで3600km車輪検査を受けた((19)に追加された検査?).車輪偏心量が許容値を0.6mmのところ,1.1mmとオーバーしていた.二晩前の検査でも既に0.8mmあったが,乗り心地が少し悪くなるだけで,安全上の問題ではないと現場では見過ごされていた(14).
・ 3600km車輪検査の内容は,車輪踏面亀裂の早期識別を目的としたものである.国有鉄道時代の1979年にフラウンホーファ非破壊検査法研究所(IZFP)にシステム開発が委託された.この機械は1992年にHamburg,1994年にMunchenに設置された.超音波を使って車輪の亀裂が調査され,自動装置が光の交差によってタイヤ車輪の輪郭を測定する.最後に測定棹を使って丸みおよび車輪の滑走跡の発生が検証される.時速1.5〜8kmでこの上を転がる.このように超音波装置が威力を発揮するはずであったが・・・.
・ しかし,実は,Hamburgでは1993年末にスイッチが切られ,Munchenでは全く使用されなかったことが明らかになる.これは,走行の少ない車輪では,表面の硬化が音を弱めてしまうという理由からである.その代わりに肉眼でくまなく検査された.
・ この3,600km点検も,ICEには,点検,整備にもスピードを要求され,車内工場が60分以内しか利用できないこともあり,2,500kmから変更されたものである. ・ 事故後車輪の使用限度直径が854mmから890mmに増加された.摩耗のないときは920mmなので直径で30mmまでの摩耗を許している. ・ 車輪フラットの限界値として,機関士用ハンドブックに「奥行き2mm,直径15mmまでは運転継続」とある.
・ 4日,ドイツ鉄道は車輪および台車の検査のためにICE1の運行を中止した.これを受けて5日から,ICE1の車輪超音波探傷がフル稼動で行われている.1列車当たり12時間かかる.(上述の超音波装置が使われていなかったとの記事との関係は? 両者出展は別)
【2章参考文献】
1. Frankfurter Runndschau: 98.6.4〜5
2. die tageszeitung: 98.6.4〜5
3. DEUTSCHES ALLGEMEINE SONNTAGSBLATT: 98.6.12
4. Berliner Zeitung:98.6.4〜7
5. Suddeutsche Zeitung: 98.6.4〜5
6. Frankfurter Allgemeine Zeitung: 98.6.4〜6
7. Die Woche: 986.12
8. DIE ZEIT: 98.6.10
9.FOCUS: No.24,98.6.8,p.20-32
10.FOCUS: No.25,98.6.15,p.34-35
11.STERN: No.25,98.6.10,p.16-23
12.STERN: No.31,98.7.23,p.56-57
13.DER SPIEGEL誌 No.24 98.6.8 ,p. 22-27,30-34
14.DER SPIEGEL誌 No.39 98.9.21,p.111,113
15.Gerand Mond:「Eschede, 10 Uhr 59」,1998,127pp.
16.Railway Gazette Int.:1998.7,p.435,449
17.INT. RAILWAY JOURNAL:1998.7,p.1,3
18.インターネットホームページ http://mercurio.iet.unipi.it/ice/eschede.html
19.(社)日本鉄道車両工業会:「メンテナンスの軽量化を図った鉄道車両技術に関する調査・検討」,海外鉄道調査団1993報告特集,車両技術203,1994.3,51pp.
20.宮本昌幸:西ドイツの高速鉄道の研究・開発についての調査,鉄研速報,A-85-104 ,1985
21.朝日新聞:1998.6.4(朝刊)
22.朝日新聞:1998.6.4(夕刊)
23.朝日新聞:1998.6.5(朝刊)
24.朝日新聞:1998.6.5(夕刊)
25.朝日新聞:1998.6.6(朝刊)
26.朝日新聞:1998.6.7(朝刊)
27.朝日新聞:1998.6.10(夕刊)
28.朝日新聞:1998.6.12(夕刊)
29.朝日新聞:1998.10.28(夕刊)
30.サンデー毎日:1998.6.21
31.週間読売:1998.6.21
32.週間新潮:998.6.18
33.インターネットホームページ http://www.spiegel.de/
34.インターネットホームページ http://www.stern.de/
3.フランスTGV新線上の事故(1)(2)(3)
 合計4回の事故があり,テロによる爆弾,火災の2件を除く,1992年12月14日,1993年12月21日の2件が脱線によるものである.
(1)1992年12月14日の事故(2)
・ 5:22 TGV920列車Annecy駅出発.
・ Chambery− Paris・Lyon間をノンストップで走り9:09 Paris・Lyon駅着予定.
・7:33 新線上のMacon−Loche駅の手前で脱線.
・ 脱線した台車は3両目客車と4両目客車の間にある付随台車で,その時の速度は約270km/h.
・ 脱線により非常ブレーキがかかり,列車は安定した状態で減速.
・ Macon−Loche駅は通過線と停車線がある(新幹線小田原駅のような配線)が,列車は本線を通過.
・ 列車はMacon−Loche駅出口の停車線と本線の合流分岐器の直前で停止.
・ Macon−Loche駅上りホームには乗客27名がダイヤで7:31発のGeneve発Paris行きのTGV970列車を待っていた.
・ 脱線車輪が飛ばすバラストで数名が軽傷をおった.そのうちの6名は医師による診断を受けるため病院に運ばれたが,その日の午前中に病院を出た.
・ 脱線車輪が飛ばすバラストは,TGV新線の下の道路を走る数台の貨物自動車のガラスを破壊した.
・ 他方事故を起こしたTGV920列車の乗客には怪我人はなかった.
・ TGV920列車の乗客は事故復旧用臨時列車に乗り換えて輸送された.
・ 事故原因は,電子装置の故障で滑走防止装置が働かなくなり生じた輪軸の固着がきっかけだったようである.
・ Macon−Loche駅上りホームで娘を連れ2才になる息子を抱いて,TGV970列車を待っていたLeon Libmann氏談「7:27に最初のTGVが通過した後,突然駅の入り口方向200m先で編成の中頃から火花が散り,車体が傾いているように見えた.バラストがばらばら飛んできた.ホームの乗客の幾人かは地面に倒された.救助および乗り継ぎの世話など,乗務員の態度は立派だった.」
・ 今回の脱線はTGV新線で発生した初めての脱線であった.
・ 1988年2月2日におきた脱線事故はLyon発Grenoble行きTGV641列車の先頭台車がTernay付近で脱線したものである.負傷者はいなく,在来線上であった.
(2)1993年12月21日の事故(3)〜(10)
・ Valanciennes発・Paris・Nord行き(7:42到着予定)のTGV7150列車(8両編成)が,午前7:06パリ北方約110knmのChaulnesを300km/hで走行中,中間車5両が脱線.
・ 約2km走って停車.列車は横倒しにならなかったため,車体は大きな損傷を受けなかった.
・ 300km/hでの脱線であったが,乗客211人のうち十数人が負傷しただけですんだ.
・ その理由は,TGVが脊椎のように各車両をつなげる独特の連結構造(連接方式)を持っているためである.事故が発生した日に,TGVのメーカであるGEC Alsthom社は「TGVの過酷な環境における優秀な安定性と安全性に対し賛辞を呈する」との声明を発表した.SNCFのフランソワ・ラコート車両局長は,連接システムを「陰の安全対策」であると位置づけた.
・ 脱線車はポイントで側線の方向に移動しかけたが,列車の慣性はそれらの車両をもとの位置に引き戻してしまった.
・ 現場の目撃者の話しでは,「脱線車両の通過した後は,まるで爆撃を受けた後のようであった」.
・ 事故の原因は第一次世界大戦中に掘られた地下ざんごうが線路の下にあり,降雨を伴う悪天候でざんごうの上の地盤が崩れた.
・ このTGV北線は昨年(1993)5月に開通したばかりであるが,路線決定や建設工事にあたっての歴史的調査や事前の地質調査でもざんごうの存在は確認できなかった.
・ 現場の陥没は長さ7m,幅4mのものであった.
・ 文献(8)の写真などより脱線状況が分る.
(「300km/hで脱線しても転覆せず死者も出なかったことは,TGVの安全性,フランスの鉄道技術の素晴らしさを示すものである.」との記事が多く見られた.連接構造・両端機関車方式(TGV),1車両2台車・両端機関車方式(ICE),1車両2台車・動力分散方式(新幹線)の各列車構成の脱線時の安全性に付いては,色々な脱線条件について,定性的ではなく定量的な検討を行っておくことは意義があると思う.2.3節で紹介したドイツでのICE関連記事の中にも,もしTGV方式ならこれほど大きな事故にはならなかったのではないかの記述も散見された.)
【3章参考文献】
1.インターネットホームページ http://mercurio.iet.unipi.it/tgv/wrecks.html
2.LA VIE DU RAIL 1992.12.30(No.2375)
3.LA VIE DU RAIL 1994. 1.26(No.2430)
4.France Soir:1993.12.22
5.Le Figaro:1993.12.22
6.Le Monde:1998.12.22
6.Le Echos:1998.12.22
7.La Quotidien:1998.12.22
8.Liberation:1993.12.22
8.朝日新聞:1993.12.22(朝刊)
9.日経新聞:1993.12.22(朝刊)
10.Railway Gazette Int.:1994..2
11.東京新聞 1994.2.10(朝刊)
4.鉄道の安全へ思う事(1)
 前章まででICE事故,,TGV事故の新聞,雑誌の報道内容を概観してきた.それらも踏まえて筆者が鉄道の安全に関して思うことの幾つかを以下に述べる.
4.1 絶対安全と確率安全(3)(7)(9)
 このように,他交通と較べて非常に安全で省エネルギー,環境面でも優れている鉄道を,日本の総合交通体系からの視点からは優遇していくべきと思われる.
 ドイツにおいても,運輸大臣の発言で「環境指向の交通政策として鉄道を必要とする.この事故のために鉄道優先政策を放棄しないようにするために,我々は配慮しなければならない.」と述べ,中心地間の交通としての鉄道を国として明確に位置づけている.
 しかし,個々の乗客にとって自分が事故に遭遇するという想定はあまりなく,事故は将来のエネルギー危機,環境危機と共にあくまでも他人事である場合が多い.乗客の交通手段の選択は,安全性や省エネルギー,環境の観点よりは,快適性,良いサービス,運賃がより優先度が高い要因のように感ずる.ドイツ鉄道社長がインタビューで「乗客は快適さ,時間厳守,速度および安全性の混合物を望んでいる.」と述べているが,安全性の役割をより増していくには安全性をより科学的に扱う必要があると考える.
 鉄道は絶対安全でなければならない.お客様の死亡事故0でなくてはならない.目標としては当然そうであるが,非常に確率の低い最悪シナリオを考えるならば,100%事故がおきないと言いきれない場合も想定される.
 安全を定量的に評価して初めて,安全対策の意義付けができる.今までよりこの対策をする事により20%安全性が向上したというように.各安全対策が定量的に評価できるようになれば,どの安全対策が優先されるべきかの戦略も明らかになってくる.
 絶対的な安全を実現しようとすると,運行の安定性が侵されてしまいすぐ止まってしまう鉄道になったり,非常なコスト増を招いてしまう.その結果,乗客離れの遠因を作ってしまい,乗客をより不安全な自動車など他交通機関に移すことになり,日本の交通全体としての安全性を低下させてしまうという側面も出てくる.
 今回のドイツの事故の報道において,交通政策の最高責任者である運輸大臣が「100%安全な移動性が存在するという幻想に人が身をゆだねるようにしてはいけない.」と事故直後にインタビューに答えているが,社会の安全に対する考え方が背景にあると感ずる.大学教授のコメント,駅での旅行客のコメントなど,事故に対して,安全に対して客観的に捉える理性的な反応が多いように感じた.また,マスコミの対応は比較的クールで,翌週にはほとんど関連記事が見当たらず,仮に日本で同じような事故が起こった時に,想像されるものとは大分異なる.社会,文化的,宗教的背景によるのかもしれない.
 日本の風土の中でも,絶対安全を目標にはしつつも具体的対応としては他の災害,事故の確率等を参考に世論の同意を得つつ,確率論的安全性へ踏み込んでいく時期にきているように感ずる.安全を定量的に捕らえる事は,まさに保険会社がやっている事である.この対策でどの程度確率が減るのか.隕石に当たって死ぬ確率程度なのか,自動車事故に会って死ぬ確率程度なのかと.
4.2 総合的取り組み
 今までは分野,要素ごとにそれぞれの最適化が図られてきた.これは,分野間,要素間の相互の関連が比較的薄く,この方法で,全体系としても目標に対して最適に近いものが達成できたこと,縦組織で相互の関連の検討がしにくかったことによると思われる.しかし,現在は相互の関連を無視しては本質を見失う程,互いの関連が増してきているから,安全問題においても総合的な取り組みが一段と不可欠になってきている.車両・軌道,架線・パンタ,車両電気・き電,駆動・制動,駆動・台車・車体等々.
 今回のICE事故の直接原因である弾性車輪が用いられるようになった経緯の記事については2.2(3)で述べたが,さらにその背景にはドイツの高速鉄道開発者が「初代ICE1にどのような車両像を描いたか」という,より総合的な観点があると感ずる.
 筆者は1985年にドイツ国鉄・日本国鉄交換研修制度の一環で3週間ほどドイツ国鉄で研修する機会を持つ事が出来た(2章文献(20)).ドイツにおいては,当時はICEの開発,新線の建設がキューピッチで進められていた.車両については非常に革新的な多くの技術が研究され,台車が試作され種々の試験が行われていた.クリープ力制御独立車輪,台車ヨーイングアクティブ制御,FRP製台車,操舵台車,モータ車体装荷,交流誘導モータ,空気ばね….車両の試験を行うのに,軌条輪を各方向に振動させる事のできる高機能な車両試験台が製作され,車両の安定性や乗り心地を推定できる計算機シミュレーションも高度のものが開発されていた.緻密な全体の開発マップのもとに,さすが技術のドイツと感心させられる広範囲な取り組みが行われていた.
 これだけ広範囲な検討を行った末に,初代ICEの台車として採用されたのはそれまでのICで使用されていたミンデン型を若干改良した,非常にオーソドックスなものだった.枕ばねも,試作台車でいろいろ試験が行われた空気ばねではなく,実績のあるコイルばねであった.
 階段を数段一度に上るようなチャレンジではなく,実績のある技術で目標を達成できるならそれが最善と思える.ドイツはそのような選択をした.しかし,これが車輪多角形問題・弾性車輪の採用という道へ進んでいくスタート点であった.ICE2では空気ばねを用い,弾性車輪は用いられていない.
 実績のある技術とは,今までの使用条件のもとで実績のある技術である.新たな目的に向けて,どのような新しい技術を持ち込みチャレンジするか,どの技術は踏襲するか,まさに総合的な判断が要求される.
 弾性車輪の検査に対して,ICE884は事故前日の夜,ミュンヘンで車輪検査を受けた.車輪偏心量が許容値を0.6mmのところ,1.1mmとオーバーしていた.二晩前の検査でも既に0.8mmあったが,乗り心地が少し悪くなるだけで,安全上の問題ではないと現場では見過ごされていた.
 安全に無関係と思われる事柄でも,システムが複雑化してくると,相互に密接に関連してくるので,広い視野を持っての判断が要求される.この許容値が目安値程度のものか,走らせてはいけない厳格な限度値かによって,現場に問われる責任も変わってくる.
 このような許容値の設定には注意深くならなければならないと改めて感じさせる.現実に即してあまりに厳しい許容値は,現場での自主判断を入りこませて黙認されてしまう.誤報を繰り返す火災報知器のように.ルールはできるだけ単純で明快であるべきである.現場で判断ができない場合にはそのような情報が上部へ滞りなく伝わっていく組織が望まれる.小さな「変だな」という情報の積み重ねが,複雑で大きなシステムの安全性の課題をあぶり出してくれる.会社としての日頃の経営姿勢,安全に関しての姿勢が現場職員に反映される.
 弾性車輪の検査許容値はこの偏心量だけでなく,車輪タイヤの厚みも定められていた.未だ最終事故報告書が提出されたとの記事が無いので弾性車輪の破壊原因は不明であるが,厚さは許容値に近くまで薄くなっていたようである.事故後車輪の使用限度直径が854mmから890mmに増加された
 予想外に大きな力が加わったのか,タイヤ部に材料の局所的欠陥があったか,ゴム部に材料的欠陥があったか,想定荷重とタイヤ厚さの関係に設計時あるいは許容厚さ値決定時に見落としあったか,いずれにしろタイヤ内面から破壊が起こった(10).タイヤの変形・それによる偏心・偏心により加振力の増加・タイヤの変形の増加,の連鎖が進行していったのではないか.その警告を偏心量値が訴えていたと思える.
 さらに,検査項目には超音波探傷が入っていたが,この装置がどこまで機能していたか? 内面からの検査がやられていたのか? この事を疑わせる記事もあったが真実は?
 超音波探傷でどのような判定基準が設けられていたか解らないが,エコーの有無などかなり主観が入りこむ要素もあると感ずる.次節でのべる「事故未経験者の時代」による慣れや,判断力の低下が原因とはなっていなかったのか?
4.3 事故未経験者の時代
 事故,故障が少なくなってきているのは,関係各位のご努力の賜で非常に喜ばしい事である.反面,これはいくつかの課題をもたらす.
 一つは慣れの問題である.これは研究・開発・設計・製作・運行・検修全てにおいてである.
 研究・開発においても,常に状況の変化を先取りし安全に対応して行かねばならないが,慣れにより取り組みが遅れることが懸念される.
 設計・製作においても,その要素のみでは今までの経験からは僅かな設計変更でしかないと思えることでも,全体の中での位置づけを考えることが慣れにより行われなくなってくると,事故,故障につながっていくことも出てくる.
 運行・研修においても,緊張感の持続をどのように保つかの課題がある.例えば車軸の傷の有無の検査において,一度も傷に出会わないかもしれない中で,超音波探傷による検査業務を緊張を持続し行っていかねばならない.このような業務こそ完全自動化を図らねばいけないのだが,なかなか画一的に扱えない知的な部分が残るなど今後の課題と思われる.
 二つ目は,事故にいたる問題点か否かを事前に判断する力が乏しくなってくることである.これらは,かなり事故,故障経験から養われてくるものである.そのためには,事故,故障経験,その背景等を会社を越えて鉄道事業者,メーカでの共通の財産とし活用し,データベースとして構築していくことが重要と思う.大きな事故については運輸省のご指導の基に情報交換が行われている他,最近このような取り組みが増えてきてはいるが,大きな事故の芽となる小さい事故や故障についても,また実務者段階等いろいろな段階で幅広く情報交換を進めるべきと思う.先の車軸の例で言えば,人工的に傷をいれた車軸による訓練は当然行われているが,自然傷と人工傷では違いがあるなど,問題点も残る.その意味で自然傷入り軸は貴重で,会社間を越えて教材にするなど情報交換が重要となる.
4.4 メンテナンスと安全
 今回のICE事故に関連しては,「トイレのつまりを監視しているのに,何故車両の脱線による猛烈な振動を監視して列車を止めるシステムになっていないのか?」との疑問が出せれていた.脱線検地装置設置には大きな技術的な課題は無いと思う.強いて言えば,「ほとんど使われないセンサーが必要なときに正常に信号を出してくれるか?」 そのためにはできるだけ簡単な構造のセンサーが望まれる.また,定期的な点検や事故想定訓練などの実施も不可欠となる.
 新幹線では地震時には送電が止り非常ブレーキがかかるが,他の原因によっての脱線事故をも想定すると,現在監視している軸受け温度以外に脱線検地センサー設置の検討も必要かと思わせるICE事故であった.
4.5 事故調査法(7)(8)(11)
 事故調査として最も進んだ科学的方法が開発されているのは,アメリカのNTBS(国家交通安全委員会)と思える.NTBSはアメリカ政府の運輸省に所属する独立の機関で,大統領の任命する5人の委員のもとに,約250人の職員が働いている.民間航空,海運,鉄道,ハイウェイ,パイプラインの事故原因を究明し,事故の再発を防ぐための勧告を行うことを任務としている.組織の独立性,豊富な人材,公正な調査を期するための公聴会制度,政府への勧告権等事故調査の基本が取り込まれている.調査内容を客観的なものにするために,「事実の認定」,「解析」,「推定原因」の三つの記述が明確に分けられている.
 ICE事故の調査がどのような組織で,どのような方法で行われたかは,今回調査した文献の範囲では,はっきりはわからなかった.
 日本においては,航空機事故に関しては昭和46年のばんだい号事故,雫石上空衝突事故をきっかけに,昭和48年に「航空事故調査委員会設置法」が成立した.設置法の主要な点は
・ 委員会の独立性の確保
・ 調査の公正の確保
・ 調査の権限と科学性の確保
・ 航空安全のための勧告と建議
であり,技術調査による原因究明主義と安全対策への積極的関与の姿勢が明確にされている.
 鉄道事故に関しても,責任者のクローズアップと処罰を目的とした「刑事裁判」にたいし,「技術調査」を目的とした「鉄道事故調査委員会」設置を検討する時期がきていると感ずる.
4.6 救援・復旧作業(2章文献29)
 ICE事故での救援・復旧作業は非常にすばやく適切に行われた..日頃からの組織としての備え,ボランテイア意識の浸透等日本でも見習う点が多いと思う.
 救急専用ヘリコプターは欧米では30年以上前から活躍しているが,日本でも消防法施行令が1998年に改正され登場する.現在も救急にも使える消防・防災ヘリは全国で63機あるが,兼用ヘリで使いたいときに使えない,必要な器材を新たに積み込まねばならず出動まで時間がかかる等の問題がある.また,運行にはコストがかかるため,救急関係者の間にヘリは使わないとの空気もあるとの事である.「人の命がかかった問題なので,もったいないという気持ちを捨て,使用回数が増えればコストも下がってくる.」との救急関係者のコメントがある.
 レスキュー列車は山間地が多くトンネルも多い日本では,道路から事故現場へ接近するのが難しい事も多いと思える.検討の価値があると思える.
 新幹線は専用軌道で安全性が高いが,救援・復旧のため道路からの接近が難しい場所が多いという事でもある.既に実施されている事とは思うが,いろいろな種類,場所,規模の事故を想定しての事故救援・復旧マニュアルの策定,訓練も重要と感じる.
【4章参考文献】
1.宮本昌幸:鉄道の安全性研究の最前線,日本機会学会主催・電気・土木学会共催鉄道連合シンポジュウム・特別講演,1994.12,No.940-57,pp.1〜5
2.福田久治:鉄道システムにおける信頼性,商品開発と品質保証 3章3節,フジテクノシステム
3.柴田 碧:安全と二つの立場,機械学会論文集C 研究随想,Vol.59,No.562,1993.6, pp.1〜3
4.三浦 重:鉄道設備保守の改善にむけて,鉄道総研報告,Vol.4,No.2,1990, pp.54〜61
5.川添雄司:鉄道車両のメンテナンスフリー(その歴史と展望, 電気車の科学,Vol.44,No.2,1991, pp.15〜18
6.井口雅一:鉄道車両のメンテナンスをめぐって,Vol.44,No.2,1991, pp.13
7.柳田邦男:航空事故(その証跡に語らせる),中央公論・中公新書390,1975,234pp.
8.柳田邦男:新幹線事故,中央公論・中公新書461,1977,264pp.
9.尾関雅則:鉄道システムを考える,交通新聞社,1997,153pp.
10.山之内秀一郎:新幹線がなかったら,東京新聞,1998,294pp.
11.安部誠治・監修:鉄道事故の再発防止を求めて,日本経済評論社,1998,287pp.
5.あとがき
 1998年6月3日にドイツのEschedeで起きたICEの脱線事故,フランスTGVの脱線事故の事故概要,事故原因,その背景,安全を支えるシステム等を,ドイツ,フランスの新聞,雑誌を中心に,補助的に日本の新聞,雑誌などによりを調査した.
 これらの調査を踏まえて,筆者が鉄道の安全に関して思うことの幾つかについてもふれた.
 この調査が,今後の鉄道の安全性向上に資すれば幸いである.
以上調査報告書の概要を述べたが,報告書本体の目次を参考のために以下に示す.
    目次
1.まえがき
2.ドイツでの事故
2.1 ICEの事故
2.1.1 調査方法
2.1.2 調査資料一覧
2.1.3 調査内容
(1) ICEの歴史
(2) 事故経過
(3) 文献からの事故の再現
(4) 事故後の経過
(5) 弾性車輪
(6) 安全なシステムとは
(7) メンテナンス
(8) 救助活動
(9) ドイツの交通政策
(10) 技術とは・安全とは・リスクとは
(11) 各国高速鉄道
2.2 その他の事故
  2章参考文献
3.フランスTGVの事故
3.1 新線上の事故
 (1)1992年12月14日の事故
 (2)1993年12月21日の事故
3.2 在来線上の事故
  3章参考文献
4.鉄道の安全へ思う事
4.1 安全な鉄道
4.2 絶対安全と確率安全
4.3 基本に戻っての取り組み
4.4 総合的取り組み
4.5 事故未経験者の時代
4.6 国際化
4.7 メンテナンスと安全
4.8 事故調査法
4.9 救援・復旧作業
  4章参考文献
5.あとがき
【資料編】
ICE事故関連資料編
(以下のドイツ語新聞の部分日本語訳,雑誌の全日本語訳,文献番号は2章文献番号に対応)
 新聞
1.Frankfurter Runndschau: 98.6.4〜5
2.die tageszeitung: 98.6.4〜5
3.DEUTSCHES ALLGEMEINE SONNTAGSBLATT: 98.6.12
4.Berliner Zeitung:98.6.4〜7
5.Suddeutsche Zeitung: 98.6.4〜5
6.Frankfurter Allgemeine Zeitung: 98.6.4〜6
7.Die Woche: 986.12
8.DIE ZEIT: 98.6.10
 雑誌
9.FOCUS: No.24,98.6.8,p.20-32
10.FOCUS: No.25,98.6.15,p.34-35
11.STERN: No.25,98.6.10,p.16-23
13.DER SPIEGEL誌 No.24 98.6.8 ,p. 22-27,30-34