Annual Review
No.4 2002.5

リサーチダイジェスト

鉄道車両用部品の設計規格に
関する調査結果

高知工科大学 坂本 東男

「要旨」
 鉄道車両用部品の代表として、車軸、車輪、台車枠がある。これらの部材は繰り返しの荷重が加わる使用条件であるため、疲労設計が重要である。JIS として E4501-95(車軸)、E4507-92(台車枠)などがある。車輪に関しては公的な設計基準がないがメーカーの文献で調査した。これらの規格の元になったデータは今から 34年以上前(車軸)、35年以上前(車輪)のものである。また共に、その存在の科学的根拠に乏しい疲労限を使った許容応力を採用している。これらの状況をまとめた報告書であり、疲労限設計から損傷度設計への切り替えを提案している。損傷度設計のためにはユーザーでの使用条件把握が必須となる。

「事故の歴史」
 1801年に英国の Richard Trevithick がレール上を走行する蒸気機関車、Captain Dick’ Puffer を発表した。2001年は 200周年記念である。1830年に一般人向け鉄道が Liverpool-Manchester 間で開始されて以来、車軸の折損などの理由から鉄道事故が生じている。1998年も独の ICE で車輪の破壊による列車事故で約 100名の方がなくなっている。本報告の付録で鉄道以外に関しても事故例と設計基準の調査結果を報告しているが、20世紀の第4四半世紀でも海洋構造物(英国 Alexander Kielland号)や航空機(日本、日航ジャンボ)の事故で多くの人名が失われた。これらの原因は設計や製造での欠陥である。では設計基準の現状はどのようなものであろうか、現代の最新技術を取り入れているのであろうか、との疑問から設計基準を調査する事とした。

「車軸の設計基準」
 JIS4501-1995 は車軸の設計基準である。一般軸は約 100MPa、高周波焼き入れ車軸(新幹線用車軸など)は 147MPa が設計応力と規定されている。一般車軸の値は欧州の規格での値とほぼ同等である。これらの設計応力は許容応力であり、その元となっている疲労強度との関係はどうであろうか。規定された許容応力はどの程度の安全性(非破壊確率で判断される)であろうか。文献のデータでは一般車軸大型疲労試験片の疲労強度は N=108 での平均値が 100MPa を下回っている。また、嵌め合い部の疲労強度は 9.1kgf/mm2 との報告や、調質軸の破断強度は 73.6MPa、高周波焼き入れ軸のそれは 147.1MPa とのメーカーの報告もある。これらの値は JIS での設計応力(許容応力)と同等かそれ以下である。JIS-4501 が最初に規定されたのは 1976年であり、一般軸の元データは 1968年の報告に認められる。この時のデータは実体車軸でなく、小型曲げ試験片で実施されたようである。
 以上のことから、車軸の設計応力は破断強度として疲労限に相当すると思われる値を用いて、破断強度のデータをそのまま移行させているように受け取られる。従って、設計応力がその存在の科学的根拠の乏しい疲労限を採用して、しかも非破壊確率は考慮されずに決定されている。このような設計応力で設計した車軸の安全性は定量的には不明である。またユーザーでの荷重ヒストグラムは(財)鉄道総合研究所(旧国鉄鉄道技術研究所を含め)で実施されている他は実施例が少ない。車両のユーザーは設計荷重を提示して、メーカーは JIS の荷重負荷係数で最大荷重を求め、この荷重が走行中常に加わるとの前提で設計をしているようである。海洋構 造物や鋼構造物の設計指針の如く S-N で示されていないのは荷重頻度グラムが不明確の為と推定される。34年前の 1968年の小型試験片のデータが JIS-4501 の設計応力となっているままであり、材料強度や破壊力学の研究成果が反映されているとは思えない。

「台車枠」
 台車枠の設計基準には JIS-4207-1992 がある。継ぎ手の設計応力が耐久限度線図で示されている。溶接のままでの両振りの設計応力が 69MPa と示されている。69MPa は日本鋼構造協会の鋼構造物の疲労設計指針では変動荷重下での A(母材)あるいは B(余盛り削除した突き合わせ継ぎ手が主体)クラスと同等である。1984年に報告されている文献では実際の台車枠のき裂発生実績を耐久限度線図に整理して、き裂の出たもの、出なかったものの境界を示している。この線図が JIS-4207 と同等であり、JIS制定の根拠となっているのではなかろうかと思われる。しかしながら、台車枠の実績とはひずみゲージを貼って得られた値であることから溶接部止端部の応力集中を含んでいる。一方 JIS は作用荷重から応力を計算で求めることを要求している。計算のやり方は示していないが各荷重による応力の合成方法を示している。計算で応力が仮に求められるとしても設計に於いて応力集中を加味して計算する事は困難である。溶接部の応力集中は出来映えに依存する。
 JIS-4207 の設計応力は台車枠の実績で決められ、溶接部止端部の応力集中も含めた値と推定される。台車枠が製作された後の強度評価には勿論判定が出来る設計応力であるが、設計時には設計応力をどのように反映させれば良いのか不明である。

「車輪」
 車輪に関する公的設計規格は少なくとも国内では規定されていない。メーカーでの文献で判断すれば、1967年に発表された文献から板部の疲労強度は黒皮(圧延のまま)では 12kgf/mm2、機械仕上げ(▽仕上げ)で 16kgf/mm2 となっている。1991年の報告では黒皮と思われる車輪形状で設計応力は 16kgf/mm2 となっている。この設計応力で疲労安全率を計算しているが現形状では熱荷重が負荷されると 1.0 と記載されている。車輪材料の疲労強度のデータは明らかではないが、上記の流れでは疲労強度=設計応力とされているように受け取られる。疲労強度は非破壊確率としては 50% であり、安全率 1.0 と言うことは非破壊確率は 50% であることとなる。車輪の設計も車軸の場合と同じく最大荷重が常に作用するとの前提と考えられるので、上記の 50% の非破壊確率と言う安全性は当てはまらない。では車輪の安全性の尺度はどのように判断されるのであろうか。

「まとめ」
 上記の如く、車軸、台車枠、車輪の設計規格には次の共通点がある。
1)荷重条件は車軸、台車、車輪の規格で規定された荷重負荷分を取り入れた最大荷重で疲労設計を実施している。すなわち、最大荷重が常に作用している設計であり、荷重頻度グラムは取り入れていない。
2)設計応力(許容応力)は車軸、車輪に関して、小型曲げ試験片の疲労強度のデータを参考にしている。その際の表現は疲れ強さと書かれており、設計応力はその疲れ強さとほぼ同じ値である。すなわち鋼構造物の設計基準のように疲労強度の平均値から2倍の標準偏差を差し引いて求め、非破壊確率が 97.72% とした設計応力ではない。車軸、台車枠、車輪ともに疲労強度として示されており時間強度ではない。鋼構造物、海洋構造物のような S-N線図で与えられていない。
3)車軸、台車枠、車輪の規格に規定された設計応力に関してはその元データが少ない。車軸は 1968年、車輪は 1967年とかなり昔の小型試験片のデータで決められたままのように思える。

上記のように鉄道車両用部品(車軸、台車枠、車輪など)の設計基準としては古いデータ を使っている、小型試験片のデータである、疲労限度を採用し荷重頻度グラムは考慮されていない、など、現時点で見ると課題が多いように思える。しかしながら、日本では大きな事故は生じていない。設計基準は課題が多いように思えるが、ユーザーでの検査が十分サポートしている為ではないかと思える。今後も事故が生じないとは言えないと思えるので、今後は(1)実体の疲労強度のデータを揃え、(2)非破壊確率を考慮して S-N線図での設計応力を検討する、(3)ユーザーでは荷重頻度グラムを整える、などの検討が必要を考えられる。