Annual Review
No.6 2004.5

リサーチダイジェスト

大卒新入社員の定着意識に関する研究

文教大学人間科学部 渡邊 忠

1.はじめに
 厚生労働省の調査によると、2000年に大学学部を卒業し就職した者の、36.5%が2002年には離職し、2001年卒では2年目で27%、2002年卒では1年目ですでに15%が離職している。また、進学も就職もしていない者、アルバイト、パート等の一時的な仕事に就いた者(いわゆるフリーター)の合計が全卒業者に占める割合は2003年度は27%に上っているという。
 このように中高卒を含めた若年層が比較的早期に離職したり、安定的な職業に就けない、あるいは就かない状況を生起させている遠因は、バブル経済崩壊後の不況による企業の要員削減と雇用抑制、そして転職市場あるいはフリーターの増加などにあるとされる。その影響で新入社員たちは、「本当に入りたい会社に入れなかった」という不全感を保持していたり、入社前に知らされていた職種や処遇、業績評価、労働条件などと入社後のそれらの現実がくい違い不満や違和感を抱いていたり、「辞めても何とかなる」という楽観的な見通しを持っていたり、先輩たちの滅私奉公的な働き方に疑問を感じたりといった不安定な心理状態にあると考えられる。
 さらには、彼らの意識のより深層に、社会に出ることに対する忌避、モラトリアムの感覚があることも推測される。それは職業、仕事の正確な知識の不足、自分の進路(将来像)を描く動機づけの低さ、確信の持てなさ、さらに「なぜ社会に出る(働く)のか」「生きるとは何か」という根本的潜在的な問いに対する答の無さ、そしてそれらを獲得する機会の無さなどから生じていると思われる。
 本研究では、大学卒業後、鉄道会社に就職した新入社員が会社に適応し、定着することに関してどのような意識状態にあるかを質問紙調査法で明らかにし、その結果から、新入社員の定着を図るには、また、より根本的なキャリア発達への動機づけの援助をするにはどのような手だてが必要であるのかについてのヒントを得ることを目的とする。なお、比較データとして大学在学生についても、進路に関する意識状態を明らかにする。

2.考察
2.1 転職志向は変わらないのか
 本研究のキーコンセプトである定着意識について直接問うているのが、適応感の質問である。その結果からは「しばらくはこの会社でやってみよう」という項目の評価が最も高く、また合計点の平均値も 100点満点に換算すれば57.3点を占め相対的には高いと言えよう。その裏返しの概念である転職(志向)意識については、勤労観の選択肢A「よりよい条件のところがあれば、そこに移ったほうがよい」で測定したが、その選択率は80%を超えていた。
 一見すると矛盾する結果であるように見えるが、前者はあくまで「しばらく」のことであり、その背後には後者の志向がある。それは、適応感の高低が勤労観の[転職か定着か]と関係するか否かに関して、適応感の高低にかかわらずAを選択する者の比率は高いことからも推測できる。
 しかしながら転職志向はあくまで「願望」のレベルであり、世の風潮に同調した部分も多いことが推察される。その真相は、より詳細な調査を待たなければならないが、彼らの働く状況を変えることによってこの「願望」も変化するであろう。以下では、調査の結果から彼らの働く状況を変え、定着へと方向づけるヒントを検討する。

2.2 適応感の高い群は実務体験、対処方法もポジティヴ
 定着志向に移行しやすいと思われる適応感の高い群では、7種の「実務体験」のうち「評価され、やる気になった」「存在が認められた」について明らかに高い評価をしている。すなわち新入社員は、職場で誉められたり、適切に評価され、自分が必要とされていることを確認でき、自分らしさを発揮できれば適応感も高まる、ということである。鍛えるという意味で彼らの失敗やミスを叱責することは、かえってやる気を喪失させる懸念がある。ここから得られるヒントは、新入社員に対するOffJT、OJTの場面で、適切な行動や考え方に対してきめ細かく客観的に評価し、ポジティヴなフィードバックを多くすることであろう。
 さらに「対処方法」についての結果からは、適応感の低い群で「深く考えずに楽天的に」「シンプルに考える」という対処方法を取る傾向が強いことが分かった。このことは過度のストレスを被ることを防ぐ意味はあるが、ややもすると失敗やミスから学び、自身を高めるチャンスを逃し、その結果、適応感を下げてしまうことになりかねない。ここから得られるヒントは、やはり新入社員に対するOffJT、OJTの場面で、不都合な行動や考え方に関しては冷静かつ客観的な指摘を行うとともに、サポートを必ずすることであろう。
 このような対応をすることは、残存する可能性のある学生時代の就職不安「自分は何をやりたいのか」「なぜ働かなければならないのか」といった問に一定の見通しを与えることにもなろう。

2.3 勤労観の定着志向を選択した群は人間関係が良好
 勤労観の「転職か定着か」の転職群・定着群の間では、「自己の能力評価」「対処方法」については、いずれも違いは見いだせなかった。しかし「実務体験」については、定着群で「先輩が親切」が高く評価されている。ここから得られるヒントは、やはり新入社員に対するOffJT、OJTの場面で、先輩あるいは上司が一つ一つ丁寧に教えてくれること、質問しやすい雰囲気をつくり、早期に人間的な信頼関係を築くことであろう。
 なお、勤労観の「やりがい」を選択した者は、対処方法として「ここが踏ん張りどころ」「自分らしさを失わずに」での得点が高いことから、指導にもその点の配慮が必要であろう。

2.4 自己の能力評価は仕事の処理能力がポイント
 6種の勤労観の選択率の高いものから順に新入社員の価値傾向を探ると、やりがいのある仕事、転職、本人の努力、余暇、上のポストへの志向がその特色といえる。これらは、「上のポスト」志向を除いて、現役の大学生とほぼ同じであり、入社後半年たった時点とはいえ、価値傾向はまだ学生時代の延長上にあると思われる。したがって「やりがいのある仕事」も具体的には未体験であり、一種の憧れレベルであろう。
 この「やりがい」に関連して、「自己の能力評価」では、適応感の高い群で、5種の「自己の能力評価」いずれの能力についても明らかに高い評価をしている。また、評価得点の平均値の高低では「やる気、前向きさ」「新しいことの吸収力」は高いが、「仕事の処理能力」「状況判断力」は相対的に低くなっている。このことは、実務経験の浅い新入社員では当然のことではあるが、ここから得られるヒントは、やはり新入社員に対するOffJT、OJTの場面で、「仕事の処理能力」「状況判断力」について重点的に指導することが重要であることであろう。

3.おわりに
 本研究では、新入社員の企業への定着意識の実態と、そこから考えられる定着への方策の示唆を得ることを目的とした。その結果、新入社員への指導におけるポジティヴなフィードバックの重要さ、指導する側の姿勢および内容のポイントをある程度見いだすことができた。しかしながら本研究では、入社後半年という時期に限定されたデータで分析を行っているため、新入社員の時系列的、立体的な意識構造に迫ることはできていない。そのためには彼らの1年後、3年後の意識および在籍状態をフォローする必要がある。また、鉄道会社社員という特色を明らかにするためには、他業種の新入社員の同時期のデータとの比較も必要であり、今後の課題としたい。